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[C2168]

ジャマイカでボブマレーのCDを何枚か購入したんですよ。
ボブマレーの曲、よ~く聴いてましたが、彼の事は良く知らなかったので勉強になりました。
多分。エヘッ。
ところでそのCD、何処にしまいましたっけ?!

ジャマイカのホテルマンが、僕の事をフレンド、フレンドっと言って親しげに近づいてきました。
どこに親しみを感じてくれたのか、いまだに疑問ですわっ。
  • 2011-01-10
  • ほっくんパパ
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[C2169] Re:ほっくんパパさん

ふふふ、パパさんに見せたい写真がありますよ(^^)

キングストンで世話になったタクシーの運転手が居て、最後に空港まで送ってもらった時に記念に写真を撮らせてもらいました。
普通にしてたらよいのに、カメラを構えると、メガネを外して腰に手を当ててキリっとにらんでポーズを決めました。
この顔、どこかで見たような気がするなぁ~と思っていたら、今、パパさんに似てることが分かりました。
背丈も同じぐらいなんですよ。ただし、年齢は69歳でしたけどね(^^;)

パパさん天パーだから、髪型に寄ってはアフロみたいになるし、
それで、陽に焼けて黒かったら、親しみ感じられて、フレンドって呼ばれますよ。

・・・ん? フレンドというより、ブラザー?
  • 2011-01-12
  • たくじろう
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ボブ・マーレイの国を訪ねて #442

Bob Marley1

僕がジャマイカに興味を持ったのは、ジャマイカのレゲェ・ミュージシャン、ボブ・マーレイからです。

学生時代に、程度の差はあれ、誰でも自由や平等などの理想論に取りつかれるものかと思いますが、
僕もボブ・マーレイの貧困や抑圧、差別からの脱却を題材にした歌詞に熱くなったものでした。
と言っても、たまに彼の音楽を聴く程度でしたけどね(^^;)

ボブ・マーレイは、世界的な活躍の功績からジャマイカ政府から第3位の勲章ももらっています。
1981年5月に36歳の若さで癌により亡くなると、彼の葬式は国葬でされました。

今度、調べてみようと思いますが、同じ勲章の受章者の中にキューバのフィデル・カストロが居ます。
カストロとジャマイカにどんな関係があるのかご存知の方は教えてください。

ジャマイカの主要産業の一つは観光業です。
ジャマイカは、先住民族の「森と水の大地」を意味するザイマカという言葉が語源となっているように美しい自然があります。

これが海外からの観光客を誘引しているのでしょうが、ボブ・マーレイも海外からの観光客の牽引役としてかなり貢献しているのではないかと思います。

彼の住んでいた家は、「ボブ・マーレイ博物館」として公開されています。
Bob Museum1 Bob Museum2

ここは、ジャマイカを訪れる観光客の多くが立ち寄る観光名所になっています。

ボブ・マーレイは伝説的な偉人として、淡々と彼の生きていた跡が展示されています。

彼が若い時期に住んでいた「トレンチ・タウン」というゲットー(貧困者用の居住区)も公開されています。
このゲットーから、後に多くのミュージシャン、スポーツ選手、政治家が出ています。

1世帯に割り当てられた空間はわずか3メートル四方で、この空間でボブ・マーレイは一時期、奥さんと4人の子供と暮らしていたようです。

新婚当時は、その居室が満室だったので、共同台所に住んでいたようです。
その共同台所時代に子供2人をつくったそうです(^^;)

ところで、ボブには12人の子供が居たそうです。

奥さんのリタは、ボブのバック・コーラスをつとめてツアーも同行しています。
結婚したのはボブが21歳のときで亡くなったのが36歳なので、結婚期間は15年でした。

15年間で子供12人も作っていたら奥さんはほとんど妊娠と子育てで一緒に音楽活動なんてできないじゃないかと思っていたら・・・、

奥さんのリタとの子供は3人で、2人はリタの連れ子。
残り7人は、それぞれボブと別の女性の間に生まれた子供なんだそうです。

ラスタの思想に“節操”はなかったのでしょうか(^^;)

ここで、知らない人のために簡単に「ラスタ」を僕なりに説明してみましょう。

ラスタとは、ラスタファリアニズムというジャマイカで起こったアフリカ回帰運動を発端とする宗教のような
菜食主義、自然回帰を実践する運動のようなものです。

1920年代にマーカス・ガーベイというジャマイカ出身のカリスマ的な黒人開放運動の思想家が
「やがて、アフリカに黒人の王が誕生し、黒人は解放される。」と予言しました。

エチオピアは、西洋諸国の植民地にならなかったアフリカの国であることから、黒人の間でエチオピアを黒人の魂の故郷と考える人たちが多く居ました。

マーカス・ガーベイの予言した数年後に、そのエチオピアで皇帝ハイレ・セラシエが即位すると、
この皇帝を神(ジャー)として崇める熱狂的な宗教チックな運動がジャマイカで起こりました。

教義のベースは旧約聖書のようで、聖書に「身体に刃物を当ててはならない」という記述があることから髪の毛を切りません。
その結果、棒状のような不思議なヘア・スタイルとなります。

この髪型だと、頭を洗えないので、ちょっと不潔になってしまいます(^^;)

ボブ・マーレイもこのラスタを信奉していたことから、ボブ・マーレイの世界的な活躍で
ラスタファリアニズムも世界的に知られるようになり、ボブ・マーレイ・ファンやレゲェ・ファンの一部に広まったようです。


首都キングストンにボブ・マーレイの像が3体あります。

Bob Marley2
  ボブ・マーレイ博物館の像

Bob Marley3
  トレンチ・タウンの像

Bob Marley4
これは国葬の行われた国立競技場の前にある最も有名な像です。

この像の前で写真を撮っていたところ、通りすがりの車の中から女性が
「ボブ・マーレイのクソ野郎!(Fuckin' Bob Marley !)」と叫んで去って行きました。

もちろん全国民が彼を認めているわけではないのでしょうが、意外な出来事でした。





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[C2168]

ジャマイカでボブマレーのCDを何枚か購入したんですよ。
ボブマレーの曲、よ~く聴いてましたが、彼の事は良く知らなかったので勉強になりました。
多分。エヘッ。
ところでそのCD、何処にしまいましたっけ?!

ジャマイカのホテルマンが、僕の事をフレンド、フレンドっと言って親しげに近づいてきました。
どこに親しみを感じてくれたのか、いまだに疑問ですわっ。
  • 2011-01-10
  • ほっくんパパ
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[C2169] Re:ほっくんパパさん

ふふふ、パパさんに見せたい写真がありますよ(^^)

キングストンで世話になったタクシーの運転手が居て、最後に空港まで送ってもらった時に記念に写真を撮らせてもらいました。
普通にしてたらよいのに、カメラを構えると、メガネを外して腰に手を当ててキリっとにらんでポーズを決めました。
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パパさん天パーだから、髪型に寄ってはアフロみたいになるし、
それで、陽に焼けて黒かったら、親しみ感じられて、フレンドって呼ばれますよ。

・・・ん? フレンドというより、ブラザー?
  • 2011-01-12
  • たくじろう
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プロフィール

たくじろう

Author:たくじろう
1969年生まれ。アメリカ駐在→東京在住。少年時代をラゴスで過ごす。東京の高校に行くが、都会生活に馴染めず大学は北海道へ。しかし就職で東京に戻ってきてしまう。元へたれプロボクサー、現在しがないサラリーマン。趣味は太極拳とジョギング。

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