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[C134] うん!!いい話だ!!

羊羹のくだりがなんとも胸をうちました~。
すごいな~~!!
うんうん!!と妙に納得しました!!

これから、使わせて頂きます!!
まずはたくじろくんに・・・・おほほ。
  • 2007-01-29
  • はる
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[C135] Re;はるさん

僕はいつでもはるさんに羊羹でも何でも差し上げますよ。決して、はるさんを大きくするためではなく。
・・・はるさんに、と言っているのに何故かカミさんにも・・・。そして、どんどん大きくなって行くカミさん・・・。
  • 2007-01-29
  • たくじろう
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ぼくのガバイばあちゃん(その2) #62

じいちゃんとばあちゃんは結婚後間もなくして満州に行きました。
じいちゃんは若い頃、無銭旅行とかして旅行が好きで、大陸に憧れもあったようです。

満州の撫順というところで長女(母です)を生みました。だけど年子の次女は佐賀に一時帰国して生みました。

ばあちゃんは姑さんとは仲が良くなかったようで娘には「日本には本当に鬼ババがいるのよ。」と言ってました。

貰いものの羊羹を食べる時、子どもたちには端っこで真ん中の部分を自分用に取って「あなた達はこれから先が長いから美味しいものをたくさん食べれるけどお母さんは先に死んじゃうから美味しいところは母さんがもらうからね。」と言ってたそうです。

そんな中、昭和20年8月9日を迎えます。ロシアの参戦です。
じいちゃんは出張中でした。

ばあちゃんは一人で幼子2人を連れて避難します。牡丹江から南方に行く汽車に乗り込みました。途中、北に向かう日本兵の汽車とすれ違ったそうです。
じいちゃんと再会できたのは1ヵ月後の9月でした。

日本に帰国したのは、翌年の6月です。日本に向かう引揚げ船の中もひどかったようです。毎日何人かが死に、死んだ人をむしろに包んで海に落としドラを鳴らしてその周りを3回ぐるりと回って進むことを繰り返したそうです。

ロシア参戦から満州引揚げまでの間が人生の中で一番辛かったと。

じいちゃんが1989年に亡くなり、その後ばあちゃんは体調を崩し、更に1991年に九州を襲った大型台風で家が半壊したのを機に、僕の両親と一緒に住むことになりました。

僕は実家に行くといつもばあちゃんの部屋に行ってばあちゃんと話してました。ばあちゃんの元気がない時はばあちゃんが好きな話題の話を聞くと笑顔になって話してくれました。

ばあちゃんは天国でじいちゃんと再会し楽しくやっているのでしょう。合掌。
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[C134] うん!!いい話だ!!

羊羹のくだりがなんとも胸をうちました~。
すごいな~~!!
うんうん!!と妙に納得しました!!

これから、使わせて頂きます!!
まずはたくじろくんに・・・・おほほ。
  • 2007-01-29
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[C135] Re;はるさん

僕はいつでもはるさんに羊羹でも何でも差し上げますよ。決して、はるさんを大きくするためではなく。
・・・はるさんに、と言っているのに何故かカミさんにも・・・。そして、どんどん大きくなって行くカミさん・・・。
  • 2007-01-29
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プロフィール

たくじろう

Author:たくじろう
1969年生まれ。アメリカ駐在→東京在住。少年時代をラゴスで過ごす。東京の高校に行くが、都会生活に馴染めず大学は北海道へ。しかし就職で東京に戻ってきてしまう。元へたれプロボクサー、現在しがないサラリーマン。趣味は太極拳とジョギング。

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